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2025年、全ての悔しさを糧に。来年は必ず頂点へ

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  日本一に輝いた2024年の熱狂から1年。 「今年こそはリーグ優勝を」 そう誓って始まったシーズンだった。 期待は高かった。夢も見た。 けれど、結果はクライマックスシリーズ敗退。 阪神は強かった。完敗だった。涙が出ないくらい、力の差を感じさせられた。 悔しいとも感じられないほどに。 でも今、こうして落ち着いて振り返ってみると、見えてくるものがある。 それは「成長」の跡だ。苦しい戦いだったけれど、若い力が確かに芽吹いた1年だったといえる。 三浦監督が我慢強く使い続け、育て上げた種が、少しずつ花を咲かせようとしている。 ボクらは知っている。このチームは、簡単に強くなったわけじゃないことを。 暗黒の時代を乗り越え、地を這うような日々を経て、ようやくここに立っていることを。 だから、信じられる。今年の悔しさは、次の栄光へのプロローグだと。 2025年の涙は、2026年の歓喜のためにあるのだと。 三浦大輔監督。今年も1年間、夢を見させてくれてありがとう。 どんなに苦しい時でも、前を向いて歩き続けるあなたの背中が、ボクらの道標でした。 来年こそは。2026年こそは、あの2024年に見た最高の景色を、今度はリーグ優勝という最高のカタチで見よう。 「横浜奪首」その夢を掴むまで、ボクらの旅は終わらない。 ベイスターズは、もっともっと強くなる。 星は暗闇の中でこそ、強く輝くのだから。

2024年、横浜ベイスターズ日本一。

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  ボクは、横浜スタジアムにいた。 現地で見届けることができた。 開幕2連敗。 2017年のソフトバンクとの日本シリーズを思い出してしまった。 「ああ、今回もか……」と思ってしまった。 でも、どこかで感じていた。 前回とは、負け方が違う。 “光明”は見えていた。きっとやってくれるだろう、と。 そして、敵地での3連勝。 「もしかしたら」──その予感が、次第に確信に変わっていった。 そして、横浜スタジアムに帰ってきた。 あの空気の中で、あの高揚感の中で、ベイスターズは大勝で決めた。 最後の勝ち方までベイスターズらしかった。 胴上げの瞬間。 番長が、空へ舞ったその瞬間に、涙が溢れた。 長かった。 本当に、長かったなあ……。 三浦大輔。 1991年、大洋ホエールズにドラフト6位で入団してから、ずっと横浜にいてくれた。 FA権を使っていれば、200勝も夢じゃなかった。それでも「横浜が好きだから」と言って残ってくれた。 日本一の監督として、空に舞う日が来た。ボクらが待ち望んだその瞬間が、確かに訪れたんだ。 筒香嘉智。 帰ってきてくれて、ありがとう。やっぱり最後は筒香が決めてくれた。 アメリカに行く前に筒香嘉智とともに見たかった景色。 あの時とはメンバーも変わってしまったけれど、見ることができて本当によかった。 言葉にできないほど、ありがとうを伝えたい。 桑原将志。 このシリーズは、間違いなくクワのものだった。 打って、走って、守って、声を出して、誰よりも輝いていた。文句なしのMVP。 クワがいなければ、きっとここまでここまでこれなかった。 歴代でナンバーワンの「ハマの特攻隊長」だ。 森敬斗、梶原昂希。 若い2人の活躍に、未来の光が見えた。 これからのベイスターズを担っていく存在だと、そう信じさせてくれる。 未来のベイスターズが強くなっていくだろうという確信を感じた。 2017年組が、この舞台に立ち、躍動する姿を見て、涙が止まらなかった。 あの時の悔しさが、ついに報われたんだ。 現地だったので後から知ったけれど、解説席に中畑清がいるのも泣ける。 中畑清が涙に詰まっている映像を見て、また泣いた。 日本一って、こんなに嬉しいんだなあ。 あの瞬間、スタンドで声にならずに、涙を流してしまった。 これまでの辛く苦しい時間が、すべてが報われたような気がした。 ボクらは、ずっと待ってい...

夢の続きを共に見よう、筒香嘉智

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DeNAに買収され、中畑清監督が就任した。 まだまだ弱かったけど、ボクらは久しぶりに野球を楽しんだ。 中畑政権最終年、筒香嘉智はその芽を開花させた。 ボクらは1998年以来の優勝の可能性を感じる野球を見ることができたんだ。 ラミレス監督へと代わり、筒香嘉智は、その才能を爆発させた。 横浜の空高く。何度も何度もそのホームランを目にした。 打球音が響いた瞬間に、スタジアム全体が立ち上がり、息を呑んで打球を目で追う。 スタンドが届くその時に、静寂を切り裂いて大歓声が湧き起こる。 ボクらはあの時間が本当に好きだった。 初めてのクライマックスシリーズも味わえた。 制度導入後10年も待ったんだ。その感動はひとしおだった。 しかし悔し涙も味わった。その悔しさこそが野球を1年間楽しんだ証だった。 そしてラミレス政権2年目。 再びクライマックスシリーズに立った。 もちろん1年間、印象的なシーンは数多くあった。 けれど甲子園での「泥試合」。 泥だらけにながら打席に立つ筒香嘉智の姿。 ボクらは今でもありありとあのシーンを思い出すことができる。 そのままの勢いで日本シリーズに挑んだ。 1998年以来、横浜スタジアムで味わう日本シリーズの雰囲気は最高だった。 しかしまたしても勝利の女神を抱くことは、眼前にして叶わなかった。 もうすぐそこに見えていたのに。 ボクらは筒香嘉智の成長とともに、「優勝」という夢を追いかけていた。 1軍でポジションを掴んでから6年間。 毎年「優勝」が夢みれたのは、間違いなく筒香嘉智がいたからだ。 そして、自身の夢を追いかけて、アメリカへと渡った。 ボクらはそれを応援した。 筒香嘉智がいなくなってからも、ボクらは毎年「優勝」という夢を追いかけ続けた。 一昔前には考えられないことだ。4月にはシーズンが終わるチームだったんだから。 それでもボクらはまだ手にすることができていない。 勝利の美酒を味わえていない。勝利の女神を抱くことができていない。 そして、筒香嘉智が帰ってきた。 夢のアメリカで、辛く苦しい時間を過ごしてきたのだろう。 まだ諦めきれない思いもあるだろう。 それはボクらには想像することしかできない。 軽々しく口にするものでもないだろう。 けれど、ボクらはここから筒香嘉智とともに再び夢を見る。 ずっと彼と追いかけ続けている「優勝」という夢を。 そして必ずや手にするの...

ハマの一番星、度会隆輝。横浜に輝け!

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拝啓、度会隆輝選手。 横浜に生まれ、横浜に育ち、横浜スタジアムで野球を始めてみてから38年。 横浜大洋ホエールズから、横浜ベイスターズ、そして、横浜DeNAベイスターズと名前が変わっても、38年応援し続けた。 悔しく辛く苦しい時間のが長かった。時に目を逸らしたことも正直ある。 それでも、応援する心がなくなったことはない。どんなに辛く苦しくても応援し続けたんだ。 そして、2024年。 38年の横浜ファン人生で初めて開幕戦を観に行った。 そして 「ハマの一番星」の輝き を目の当たりにした。 38年応援し続けて、こんなルーキーは初めてだ。 未来の可能性を強く感じる。 打席に立つほどにスタジアムが湧き上がり、応援の声が自然と大きくなる。 若者の勇姿に、年甲斐もなく ワクワク させてくれる。 オープン戦首位打者。 球団64年ぶりの開幕戦新人本塁打。 セ史上初の開幕から2試合連続本塁打。 開幕戦の最初の守備機会でのミスも、伝説の序章のように感じた。 将来のスーパースターが、横浜にいる 。 心の底から横浜に来てくれた運命に感謝し、今後の成長に期待をし、1998年から離れている「優勝」という二文字を、久々に期待させてくれる。 誰もがそう感じた。 しかしそこから、数週間苦しんだ。 ファンも苦しかったけれど、それ以上に本人も苦しんだと思う。 軽々しく「気持ちはわかる」なんて言えない。 そのプレッシャー、悔しさ、辛さ、不甲斐なさは、想像できないほどのものだったと思う。 生まれながらスーパースターの道を歩み続ける人なんかいない。 最初からスーパースターなんていない 。 イチロー選手も、プロ1年目は40試合で打率.276、2年に至っては43試合で打率.188だ。 大谷翔平選手も、1年目は77試合で打率.238だ。 プロの世界はそれほどまでに厳しい。 誰しもが壁にぶつかり、その壁を乗り越えてスーパースターになる 。 それは度会選手は、わかっていると思うんだ。 高校3年のドラフト。プロ志望届を出したが指名漏れしたあの時に。 社会人野球で研鑽を積み、ここ横浜にドラフト1位として帰ってきた。 ハツラツとしたプレーが好きだ。 ベンチで大きな声を出している姿が好きだ。 野球を楽しんでいる笑顔が好きだ。 打った後の塁上のガッツポーズが好きだ。 お立ち台での「最高です!」が好き だ。 間違いなく、度会選手は...